鼠径ヘルニア(脱腸)
鼠径(そけい)ヘルニアとは?
なぜその部分から臓器が脱出してくるのでしょうか?
それは人間の構造上に起因することが考えられています。もともと4本足歩行であったほ乳類が立位歩行を行うようになって、鼠径部の筋肉や筋膜の弱い部分に重力がかかるようになり、飛び出てくるようになるのです。また小児のヘルニアの場合には、胎児のときお腹の中にあった睾丸が生まれる時に陰嚢に収まる過程で腹膜の癒合ができなかった場合に起こるとされています。
脱出してくる臓器は小腸のほか大腸、大網(胃と大腸に着いてる脂肪のかたまり)、膀胱、卵巣、鼠径部周囲の脂肪など、腸だけではなく色々な臓器が飛び出て来ます。
鼠径ヘルニアの種類
I.外鼠径ヘルニア
幼児と成人が発症するほとんどのヘルニアが外鼠径ヘルニアです。鼠径部の外側やや上方から膨らみ始め、これが少しずつ大きくなると最終的には陰嚢まで臓器が脱出してくることになります。嵌頓(かんとん:脱出した臓器が出入り口で締められて戻らなくなること)になる可能性が最も高いヘルニアです。比較的若い患者さんのほとんどはこのタイプです。中高齢者にも多く、一般的な鼠径ヘルニアと言えます。
Ⅱ.内鼠径ヘルニア
外鼠径ヘルニアの出入り口より内側の鼠径三角という部位の筋膜が弱くなり、臓器が押し出されて飛び出すのが内鼠径ヘルニアです。中年以降の男性に多いのが特徴です。左右両方が脱出してくることがあります。
Ⅲ.大腿ヘルニア
女性に多いヘルニアです。特に高齢の女性に多いのが特徴です。太ももの付け根の下側が膨らみますが、付け根の上に膨らむこともあります。最も嵌頓を起こしやすいヘルニアなので早く手術をして治す必要があります。
Ⅳ.複雑なヘルニア
外鼠径ヘルニアや内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアが同時に起こることがあります。単に鼠径ヘルニアと言っても人によって脱出する部位はさまざまです。従って術者はその患者さんに合った手術の方法を選ぶ必要があるのです。
鼠径ヘルニアの原因
鼠径ヘルニアの原因は先天性のものと、仕事や生活習慣、加齢や病気、妊娠による後天性のものがあります。
I.生まれながら鼠径ヘルニアである
鼠径部の腹膜が生まれてくる時に癒合しないため、陰嚢、大陰唇につながる鼠径管が開いて臓器が脱出して来ます。このタイプのヘルニアは自然に閉鎖することもあります。
Ⅱ.加齢とともに鼠径ヘルニアになる
年齢とともに筋肉や筋膜が弱くなり内臓が支えきれないことが原因になり発症します。自然に起こる原因として最も多いと考えられます。
Ⅲ.運動・仕事などの生活習慣で鼠径ヘルニアになる
マラソンや登山、立ち仕事でお腹の筋肉に負担がかかり発症のリスクが高まります。
Ⅳ.他の病気が関係して鼠径ヘルニアになる
咳をよくする人、喘息の人、便秘、排尿障害のある人なども鼠径ヘルニアの発症原因となることがあります。
女性の鼠径ヘルニア
鼠径ヘルニアは男性に多いという印象がありますが、実は女性にも起こる病気です。
女性の鼠径ヘルニアは男性と比較すると1:8程度ですが、比較的若い女性に多いのが特徴です。
女性の鼠径ヘルニアの特徴
女性の鼠径ヘルニアには特徴があります。
20歳代から40歳代までの女性では、ほとんどが外鼠径ヘルニアです。この年齢のヘルニアでは生理周期に合わせてふくらみの大きさや痛みが変化する場合があります。
ヘルニア嚢の中に臓器が脱出するだけではなく体液が貯留することがあり、大きくなると痛みや圧迫感を感じます。ヘルニア類似疾患にヌック管嚢種がありますが、これは胎生期の体が出来上がる過程で鼠径管内に入り込んだヌック管が大人まで残り、体液が貯まったことにより起こります。ふくらみは抑えても平らにならないことが多く、このヌック管嚢種の約半数に子宮内膜症を伴っているのが特徴です。
50歳代以降の中高年の女性では、外鼠径ヘルニアのほかに大腿ヘルニアが多くみられます。大腿ヘルニアは「嵌頓」を起こしやすく腸がはまり込むと腸閉塞や腸管壊死を起こすことがあり、緊急手術が必要になる場合があります。
成人の鼠径ヘルニアは自然に治ることはありません。手術が唯一の治療法です。
若い女性の鼠径ヘルニアでヘルニアの出口が小さい場合は、メッシュを用いないで閉じる手術(Marcy法)を行います。下着に隠れる位置に3cmほどの創で行うため見た目も気になりません。
中高年の大腿ヘルニアには腹腔鏡の手術を行います。創が小さく痛みの少ない手術です。
鼠径ヘルニアの治療
幼児以外の鼠径ヘルニアの治療は手術以外に治す方法がありません。薬を飲んだり保存的に治療して治ることはないのです。時々、ヘルニアバンド(脱腸帯)を使用している方もおられますが、外すとすぐに脱出して来ますし炎症を起こす可能性もあるため、現在では使用されないようになりました。
鼠径ヘルニアの手術法
鼠径ヘルニアに対する手術法はいくつも存在します。しかしながら最近では大きく分けて2つの方法に分けられるようになりました。一つは膨らんでいるところの皮膚を直接切って手術を行う鼠径部切開法であり、もう一つは1990年台から始められた腹腔鏡と言うカメラを用いてヘルニアの内側から行う腹腔鏡法です。どちらもしっかりと手術を行えば、鼠径ヘルニアは治りますが、手術法にはいいところ、難しいところがあるので、ヘルニアの種類によって使い分ける方がいいと考えています。
鼠径ヘルニアの手術にはいくつかの種類があります。
鼠径部切開法
I. Marcy法
鼠径部を2〜3cm切開してヘルニア嚢(膨らんだ袋)を切除して出口を閉鎖する方法です。18歳以下の男女や出産予定のある30歳前後までの女性に適した方法です。
Ⅱ. Tension-free法
鼠径部を3〜4cm切開してメッシュと言う人工の補強材を使って弱くなっている筋膜を補強する方法です。 従来は弱くなった筋膜を縫い合わせる手術しかなく、術後の痛みが強いため1週間ほど入院が必要でした。 メッシュを使用すると確実に補強できツッパリも少ないため「Tension-free」つまり緊張のない状態であると言えます。 メッシュは形状、素材など多くの種類があり、術者はそれぞれのメッシュの特性を十分に知った上で手術を行う必要があります。 この方法を行うことで手術時間も短く、再発率も減少して早期の社会復帰が可能となりました。 この方法は全身麻酔をしなくても局所麻酔で行えるメリットがあります。
腹腔鏡法
腹腔鏡を用いた手術方法です。患者さまの体への負担が少ない治療として行われるようになりました。
また、膨らみのある反対側の鼠径部を確認できるメリットもあります。
Ⅲ.TAPP法
腹腔鏡を用いてお腹の中からヘルニアの出入り口を確認します。その後メッシュを使用して弱くなった筋膜を補修します。当院では5mmの細いカメラや3mmの器具を用いる独自の方法により痛みの少ない手術を行なっています。 この方法はお腹の中からカメラでしっかりとヘルニア門(出入り口)を確認できることが大きな利点となります。複雑なヘルニアや再発ヘルニアに向きますが、全身麻酔が必要となります。
Ⅳ.TEP法
TAPP法と同じく、腹腔鏡を用いながらお腹の中ではなく腹膜の外にカメラを挿入して手術する方法です。手術はTAPP法とほぼ同じですが、手術時間が短くすみ、両側の鼠径ヘルニアや肥満の方に向いています。全身麻酔を必要としますが、下腹部に手術創のある方(虫垂切除や前立腺全摘などの手術)には向いていません。
Ⅴ.ハイブリット法
鼠径部切開法と腹腔鏡のいいとこ取りの手術法です。鼠径部切開法は手術時間も短く良い手技ですが、常に膨らみっぱなしのヘルニア、嵌頓ヘルニア、再発ヘルニアに対してはお腹の中からヘルニア門を確認することで、さらに安全、確実に手術をすることができます。全身麻酔を必要とします。